この十三巻の「波紋」は、前作の「十番切り」から三年経った昭和五十八年に単行本として発売されているものです。
前作までの爽快なストーリーは影をひそめ、複雑な人間模様が展開されます。何だか池波正太郎も秋山小兵衛と共に、だんだん歳をとって熟成されていくようで、寂しいような気がいたします。
「消えた女」では、秋山小兵衛のほろ苦い思い出が、「波紋」では、色々な人間関係が繋がりを持って描かれています。
戸惑う秋山小兵衛もまた魅力的です。
「剣士変貌」では、自分では気が付かないうちに、性格が変わってしまった人々が描かれ、
何ともまあ、身につまされる話が展開されます。
「夕紅大川橋」では、旧友内山文太の知らざる過去に戸惑う秋山小兵衛があります。
【主な登場人物】
■秋山小兵衛 かつての高名な剣客、今は隠居して郊外におはると住んでいる
■秋山大治郎 秋山小兵衛の息子。剣術道場を開いているが門弟は殆どいない
■おはる 小兵衛の下女であったが小兵衛に手をつけられて妻となる
■三冬 老中・田沼意次の隠し子で、女剣士。秋山大治郎の妻となる
■飯田粂太郎 飯田平助の子。秋山大治郎の最初の門人
■笹野新五郎 秋山大治郎の二番目の門人
■田沼意次 時の最高権力者で老中。三冬の実父
■生島次郎大夫 田沼家の用人
■弥七 小兵衛の剣術の弟子で、四谷伝馬町の御用聞き。女房は、料理屋を経営
■文蔵 弥七と親交がある御用聞き
■小川宗哲 小兵衛の友人で町医者
■傘屋の徳次郎 御用聞きの弥七の子分
■岩戸の繁蔵 傘屋の徳次郎の情報屋
■馬道の清蔵 土地の人々の信頼が厚い御用聞き
■又六 鰻の辻売りをしている。素直で実直な男
■横山正元 牛込の早稲田町の町医者、無外流の剣術を遣う
【波紋の目次】
1.消えた女
秋山小兵衛が松崎助右衛門宅に泊りがけで遊びに行った帰り道、傘屋の徳次郎と弥七に出会う。小兵衛は、囮の少女を使った捕物だと聞いて、見物することにした。
その十五、六の囮の少女が、家の裏から出てくるのを見て、小兵衛の目が光った。小兵衛のその変貌は、弥七も驚くほどであった。
2.波紋
この日、秋山大治郎は、病の老剣客宅に自分と父の見舞いの品々を届けた。
その帰り道、一本の矢が大治郎を襲った。三人の曲者に傷を負わせた大治郎であったが、襲われる理由に全く心当たりがなかった。
一方、傷を負った浪人は、間男をしていたため、その亭主・桶屋の七助に包丁で刺し殺される。その七助は、傘屋の徳次郎の情報屋である岩戸の繫蔵の腹違いの兄であった。
3.剣士変貌
秋山小兵衛は、例によって初孫・小太郎と遊んだ後、自宅へ帰ろうとしていた。
その途中、思いもかけぬ場所で、菓子店・笹屋長蔵の後妻お吉と、かつて中西道場の食客であった横堀喜平次が密会しているのを見てしまった。
ただし、密会といっても、みだらなまねをしてはいないようだった。
その横堀は、以前は人懐っこい好青年であったが、自分の道場を持った後、自分の門人を惨殺し道場を捨てて行方をくらましていたのだ。
4.敵
秋山大治郎と親交がある中沢春蔵は、ある男に頼まれて、金十両で中年の侍を気絶させた。
翌日、中沢春蔵は秋山大治郎宅を訪ねたのだが、そこで、笠原先生が殺害されたとの知らせを聞き愕然とする大治郎と三冬を見て、茫然となってしまった。
まさか、昨夜自分が叩き伏せた侍だったのではないか。
中沢春蔵は、自分に頼みごとをした、平吉を探し始めた。
5. 夕紅大川橋
秋山小兵衛と横山正元は、浅草の料理屋「不二楼」で酒を酌み交わしていたとき、川船に内山文太老人と岡場所の妓が一緒にいるのを見て驚いた。
それから家に帰ると、内山文太の娘婿が待っていて、なんと内山文太が行方不明になっていると言うのだった。
「剣客商売 波紋」年譜
書籍名 | 発表月 | 表題 | 出版社 |
---|---|---|---|
剣客商売第十三巻 波紋 | 1981年2月 | 消えた女 | 新潮社、新潮文庫 |
剣客商売第十三巻 波紋 | 1981年5月 | 波紋 | 新潮社、新潮文庫 |
剣客商売第十三巻 波紋 | 1981年8月 | 剣士変貌 | 新潮社、新潮文庫 |
剣客商売第十三巻 波紋 | 1982年1月 | 敵 | 新潮社、新潮文庫 |
剣客商売第十三巻 波紋 | 1983年9月 | 夕紅大川橋 | 新潮社、新潮文庫 |